残響

 保坂和志の残響を読んだ。相似や相違のようなことをうまく使いながら、それぞれほぼパラレルに進んでいくストーリーを結びつけた面白い小説だった。
 収められている2編はそれぞれ、主に3人の登場人物たちがそれぞれの記憶や目の前で起こっていることについて思いを馳せ、考える。その様子を、3人の視点を移動しながら(絶対神的な視点を感じるが)映画のカット切り替えみたいなやり方でくっつけている、そんなストーリーだ。表題作、残響の方では、借家に引っ越してきたゆかりがよく手入れされている庭や残された球根にそこに住んでいた「前の人」の存在を感じ、そこに前住んでいた野瀬は元妻のことを思いながら入った喫茶店でちょうど視界に入った打ちっぱなしの老人に考えを及ぼし、野瀬の元妻彩子の元同僚である早夜香は彩子に思いを馳せる。保坂は、彼らに圧倒的な個として描き(保坂の小説によく出てくる猫のように)、「そうそうそんなやりとりをしたことがある」とか「目の前でそんなできごとを見たことがある」というようなことについて、彼らが考え、思い、あるいは感じ、そして無意識のうちに(一瞬で)忘れ去ってしまうことを言語化して語らせている。なんというかこういう類の小説は初めてで、うまく説明できないのだが、人間と人間の間の本質というものに近づこうとして、言語化しようとしている小説なのだと感じた。それぞれに違うアプローチをし、そしてそれぞれ何か目覚しい結論を見せてくれるわけでもなく、坦々と終わる。何かこれって言う答えを提示しないし押し付けないところがまたリアルでもあり、僕の中では結構新しかった。

残響 (中公文庫)

残響 (中公文庫)