春琴抄

 谷崎潤一郎の春琴抄を読んだ。ただの怖さとはまた違う、言葉を失うような、唖然とするような怖さがあった。
 架空の伝記をもとに、春琴と佐助の二人を読者に紹介するという形式をとった小説で、よく知られているように、佐助が傷ついた春琴の姿を見なくても済むように、美しいままの春琴を精神世界に飼っておくために、己の目を針で刺し、失明する。このところの描写が克明で読んでいて痛い。
 この小説は人間が描けていない、他者が存在しないという主張がよくなされているみたいだけど、それは至極最もだ。春琴抄という題で、見かけ上の主人公は彼女なのだが、ただただ美しく、わがままであるだけで空っぽな印象を受ける。この小説の中に彼女の影は以外に薄い。男である谷崎の視点からの佐助の方が強い印象を受けた。奴隷とほぼ等しい彼の愛は春琴に向かっているようでいて、実際は自分の方に向かってきていて、自己完結している。でもそう言われても、いくらコミュニケーション不在と言われても、この小説には否定してハイ終わりでない何かがあるように感じる。イマイチうまくまとまらないけど。なんだろう。物語は佐助の肯定も否定もしていない、いや、天竜寺の和尚のエピソードをもってきて肯定している気もするけど、最後に読者に問うだけで、やっぱりニュートラルな場所にいる。やっぱりわかりません。

春琴抄 (新潮文庫)

春琴抄 (新潮文庫)