犬猫

 井口奈己の犬猫の8mm版を見た。35mm版と少々設定が変わっているところもあって、それを見つけるのも楽しみの1つだった。
 やはり、榎本加奈子西島秀俊忍成修吾、小池栄子らが普通に出演している資金面が潤沢な35mmとは全然雰囲気が違うのは当然であるのだが、だからと言って35mmが断然優れているわけではなかった。もちろん、映像は圧倒的に35mmの方がいいわけで、さらに8mm版よりも後に撮っているわけだから、なにかしらテクニックのようなものも35mmの方がずっと上手くなっているのだが(これは映画を撮っている人が、そんなことはないと言っていたが、僕はそう思った)、それに負けないくらいの魅力を8mm版は持っていた。8mmというフォーマットが持つ映像の粗さがこの映画が作り上げようとしている世界の空気にマッチしているというか、8mmの持つノスタルジック(と言ってしまうとかなり語弊があるが)な印象でもって表現しなければ、何か魅力を失ってしまうような作品だと思った。また8mmでの方がある種いやらしさのない作品に仕上がっていたように感じる。そして主人公の2人が妙にリアルで男の監督では絶対この映画は撮れないだろうなという説得力のある映像、というより物語の中の雰囲気、がやはり一番の魅力だ。
 ここ最近、機会があって、映画という作品のフォーマットというものについてよく考えさせられているのだが、この作品のように、大々的に宣伝して商業的な成功を求めた映画とは全く異なる種類の映画、にとって、資金面だけではない、8mmというものが持つ利点というものに対する考えをさらに深めたいと思う。