中上健次という小説家を語る上で、路地というものが欠かせないことは、このように書くことが恥ずかしいほど、言うまでもないことである。小説家中上健次である以前の、1人の人間中上健次を孕み、産み、育てた、路地。
今はもう存在しないらしい、路地、を捜しに井土紀州は松阪を発ち、新宮に向かう。山と海に挟まれた紀州の景色を収めながら、新宮に着き、かつて路地だったであろう土地をカメラは捉える。中上健次が残したフィルムと、井土紀州が朗読する中上健次が残した小説。この作品にあるのはそれだけだ。
新宮という場所に立ったことも無いし、被差別部落に対する知識や、被差別部落というもの触れた記憶すらない僕でさえもが、郷愁に近い感情を抱くほどの力が中上健次の残したフィルムにはあった気がする。外側の者には手に入れることのできない、視点が存在し、このフィルムはそこから撮られていたのだろう。フィルムを観ていて、中上健次の存在が見えた。
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