トーク・トゥ・ハー

 観終わった後、ただただ悲しかった。涙が出るとか、感動したとかでなく、ただただ悲しかった。
 他人に言葉でもって端的に示すならば、ストーカーの男が恋をしている植物状態の女を犯して、自ら命を絶った、となるのだし、この言葉は間違ってはいないのだが、こう書くと、この映画について何一つ伝えるべき事は伝えられていない。上記の言葉はスクリーンの中で起こった出来事に対して絶対的な距離をとって、完全なる外野から放った言葉であり、一般的で、「正しい」事柄なのだけど、この映画を観た者は(みんなではないのだろうが)そうは思わず、ストーカーの男ベニグノの思いを幾ばくかは理解してしまう。それがこの映画のすごいところで、ペドロ・アルモドバルの成したところだ。道徳なんていうのはマジョリティによってつくられたものであって、それが<正しい>のかどうかは僕にはわからない。確実に言えるのは、その道徳に外れた感覚を持っている者は、精神を病んでいるというレッテルを貼られ、それに甘んじざるを得ず、周りからはじかれてしまうということだ。
 距離をとって観れば、と言うかいわゆる倫理に照らしてみれば気持ちの悪い変態である男が、それと違う倫理でもって見てみれば、純愛を貫いた美談の主人公となるわけで、この作品は後者の考え方で作られていて、その真実の多面性を顕わにする。その尖ったメッセージをラテンと安直に言って良い色彩と音楽(スロモになるような、ここっていうシーンでしかついてなかったんでないかな?)を添えて観客に提示している。街で出会ったら見て2秒で忘れてしまうような、パッとしない、さえない顔のベニグノに少しでない共感をさせ、普段「正しい」見方をしてしまいがちな観客に一つ釘を刺す、強い映画だった。
 その反面、最後に希望を持たせてくれるストーリーになっているにもかかわらず、観た後ただただ悲しみを残すような、不条理感が強く深く作品に刻まれていて、作品前半で観せられた影の印象と、対する赤の印象が消えない。
 なお、聡明な人は下地の眠り姫にも気づくらしい。

トーク・トゥ・ハー リミテッド・エディション [DVD]

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