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悼む人

小説

 天童荒太の悼む人。久しぶりに小説読みたくてぱっと買って読んでみたけど、450pそれなりに面白く読めた。
 故人と自分との関係によらず、死因によらず、生前での善悪によらず、日本中の人が死んだ現場を訪れ「悼む」主人公静人の姿とその周辺を、週刊誌記者、母親、かつて夫を殺した過去を持つ女の3人の視点から描き出す小説。
 一般的な意味で全く関係のない他人の死を「悼む」ということはあまりなされない。ニュースで触れて悲しい気持ちを抱くことはあっても、死の現場を訪れて悼むことは通常なされない(だから小説たりえるのだけれど)。しかも静人の悼み方は特殊な体の動きを伴ったものであり、新興宗教を想起させ、目撃した人々からの反応は芳しくない。が、静人は一向に意に介さない。それは、この行為が「自分」のためのものであり、善意や奉仕の類をモチベーションとしたものではないからで、そうせずには静人が納得しないからしているまでだからである。この、自分の中で完結しているモチベーションは強くて、ブレない。
 この小説は「死」を扱えているとは思えない。あくまで「死」という現象に対するこちら側=この世、生者の側からのアプローチの形を丹念に描こうとしたものであり、読者に対して「あなたは(不特定多数の人間の)死という現象とどう対峙しますか?」という問いを提示することに成功している。この問いに対して、読者個々人が答えを出しながら生きていかなければならないという重い問いだ。一方で、生者から死者に対して、ずっと覚えているということしかできないにもかかわらず、人間は忘れる生き物であり、忘れていかなければ生きていけない生き物である。
 個人的な趣味として、最後まで書ききるべきだとは思いました。書くことの苦悩は行間からにじみ出てましたが。

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