霧の中の風景

 テオ・アンゲロプロスは言うまでもなく特別な映画作家で、彼の撮る映画は私たちが一般に映画と呼んでいるものとは明らかに異質なものをわれわれ観客にみせてくれる。スクリーンという2次元平面に映写される映画世界が、圧倒的に広い。長回しをしながら、上下左右前後あらゆる方向にカメラを振り、ズームも自在に操る。こんなに奥行きを感じさせる映画はなかなかないというくらいにスクリーンの内外に映画世界を展開する。それに伴い音楽も概して荘厳で、それが好きかどうかはまた別の話だろう。重く、暗くなりがちだから。アンゲロプロスの映画はすごいのは間違いなくすごいのだけど、なにか私の心と物語の間に距離を感じるようなそんな映画ばかりだった気がする。
 この、母子家庭に育ったヴーラとアレクサンドロスの姉弟が、まだ見ぬ父を捜してドイツへ向かう映画においても、詩的で、重苦しいと言えてしまうくらい荘厳な物語なのだけど、今までになく心動かされた。主人公が子供だったかもしれないが、共感するでもなく、肩入れしながら物語を追った。相変わらずの美しい景色はすばらしい。それを奥行きを感じながら観るのだから賛辞を送るしかない。たっぷりしたものが観たいときに再び観ることになると思う。
 海から巨大な手のオブジェをヘリコプターで吊り上げ運び去るシーンは、グッバイ、レーニン!の元ネタだろうか。