蟻の兵隊

 日本軍山西省残留問題をテーマとして、奥村和一という男の2年間を追ったこの映画は正直上手じゃない。DVだってのもあるし、音もイマイチ聞き取りづらいし。でもこの映画に必要なものはきれいな映像とかきれいな音声ではなくて、どこにでもいそうなおじいちゃんが、実は戦争で普通に人を殺していたとか、彼は国の面子の犠牲になっていて裁判所も役に立たないとか、そういう事実がスクリーン上で展開されることである。監督池谷薫は「メッセージとか1つに解釈されるような映画はダメなんですよ」とか言ってたけど、著しくメッセージ性の強い映画だった。
 その、死んでも死にきれないという怒り、真実と認定させたいという強い思いの下で、おじいちゃんが上映に堪える魅力的な存在に昇華していて、強い映像になっていた。何よりもやはり、奥村和一という、一人の人間の強い気持ち(監督が曰く執念)と、それだけじゃない彼の人間そのもの(言葉にすると陳腐だけど)とがスクリーン上にはっきりとした像を結んでいるのが観客にビシビシ伝わってくる感じはあった。
 この映画が、世の中でほとんど知られていないだろう日本軍山西省残留問題を世間に知らしめることが目的で、その延長で「蟻の兵隊を観る会」ができたのなら、この映画はその目的を十分に果たしていると言える。僕が行った"これ"を含めて試写会をいくつもしているみたいだし、試写会に行った人から口コミなりなんなりで、その広がりは伝播していくだろう。作品そのものというよりも、作品を制作しようと思うに至った経緯とか、出演者の人となりとか、そういったものが発言力を持っている映画。(だから(?)かどうかわからないが、映画そのものよりも、監督池谷薫の自分の言葉で雄弁に語った講演の方が印象に残った。彼が言った「奥村さんたちは今の世の中が戦時中と似ていると言って強く危惧しているんです」とか、「同志社の尊敬する先輩である黒木和雄は今の状況を『戦時中だよ』と言った」とか。)