文化系トークラジオ Life

 ここ最近の通勤であるとか歩いている時とかにLifeのアーカイブを遡上しながら1年分くらい聞いてきたのだけど、なんだろう、これがなかなか面白い。鈴木謙介をメインパーソナリティに仲俣暁生佐々木敦、柳瀬博一、斎藤哲也、森山裕之、津田大介をサブパーソナリティとして加え、ちょくちょくゲストを呼びながら、本にまとめるにはあまりに下衆な、でもちょっと朝まで生テレビ的でもあるような種の話題を延々と語りながら、脱線し続けるという1:30〜とか深夜のテンション溢れる番組で、これが画期的だと思うのが、全尺をストリーミング中継もし、後に外伝つきでpodcastingしてくれるという社会人に優しいところもある。
 で、なにがいいかというと、テーマとして、この種の秋葉原の事件やロスジェネ問題のような社会問題を扱う番組の割には温度がぬるくて敷居が低くて、かつ、自分探しやら親子関係のような個人的な問題を扱うラジオ番組がいままでカリスマ的なパーソナリティ1人の力に頼る番組ばかりだったのに対して、出演陣が複数で議論するというところがこの番組のオリジナリティだなと思うところがあって、温度の絶妙さがいい。パーソナリティ陣に女がいないというのがひどい。もちろん、ひどいというのはほめ言葉なのだけど、非常に厳格な議論をしているその最中に、しょうもない下ネタとか、のろけとかに脱線したりするという生々しさがたびたび垣間見えるのが面白くて、私自身がくず共の友人らと会話してる、そのリズム感に近いなと思って、親近感を持ちながら聴いている。
 そして、この手の議論番組って(まあテレビと比較することになるのだけど)、議論の軸が必要だからしょうがない面はあるのだけど、相対する意見を持つ2つの群を戦わせるという構図が前提とされているものだと思うのだけど、このLifeという番組はそれがなくて、つまり上記の温度にもつながっている、出演者たちがお互いにある種の信頼関係を持っていて、というかみんな友達で、その基盤の上に議論をすることで、建設的というか聴いていて不快にならない話の進行を体験できるというのがいいところだと思う。
 また、完全に個人的な推測なのだけど、パーソナリティ陣が根本的に、世の中に対して絶望していないというか、ラジオを通じて何かを流布することで世界が変えられると信じていると思っていて、それは「豆腐をスーパーではなくて、豆腐屋で買うことで世の中は変えられる」話なんかに象徴されていると思う。
 去年のギャラクシー賞を取っているのだけど、こういう番組がいまだに赤字の番組で、深夜の放送休止時間に放送しなければならないということが、ラジオの現実とこの国の国民たちの大勢が求めているメディアの方向性を如実に象徴しているななんて思ったりする。
 そのギャラクシー賞を受賞した「運動」の回にかの有名な外山恒一が出演していたのだけど、彼の人間性がよくにじみ出ていて、いい場がつくれているのだなと感じた。podcastを聴いて、かの有名な政見放送を見直してみたのだけど、チープでありつつよく練習された劇性になんか愛おしさを感じるね。瞬きしな過ぎだよ。podcastを聴いていて、外山恒一という人が意外にも、ある種の諦めの空気を纏っているということに驚きを感じた。
 そして、リスナーとしては、電波に載せられている、受ける側だけじゃなくて、発信する側になっていけというメッセージをいかにひしひしと感じているか、そしてどう行動するかがすべてなんだと思う。
http://www.tbsradio.jp/life/